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甘ったるいような匂いがしていた。
独特のエキゾチックな香りだ。
その香りに悠樹は覚えがあった。
思い出せない記憶が脳裏をかすめるとき、その香りが生々しく蘇るのだ。
普段はどんな香りが思い出せないのに、こうして記憶の扉が開きそうになるときだけ、鮮明に思い出す不思議な香り。
すぐそばに人の気配を感じるけれど、頭がぼんやりとして、体を動かすことが出来なかった。
それでも何とか体を動かそうとして、両手が後ろ手に縛られていることにようやく気づいた。
「……ぁ……」
顔を持ち上げて、周りを見回そうとしたら頭がくらくらした。
「どうしてここへ来たんだ?」
囁くような声には聞き覚えがあった。
「文……礼……」
「今回君をここへ連れてきたのは僕じゃない。だから僕は君を解放してあげることが出来ない」
「ここは……?」
必死に声を振り絞ると、背後から異国の言葉が聞こえてきた。
何かを厳しく咎めるような男の声だった。
「とにかく……無事に帰りたければ、おとなしくしていること。ちょっとの間辛いと思うけど……終わったら何とか帰してあげるから……」
そう耳元で突き上げてくる文礼の体が、背後の男によって乱暴に引き剥がされた。
くらくらする頭を背後に向けると、文礼が男から頬を平手で打たれていた。
あまりにも強烈な暴力に、悠樹はようやく目が覚めるような思いだった。
文礼は口の端を切ったらしく、流れる血を手でぬぐった。
同情するように向けられる視線は、いったい何を意味するのだろう。
まだぼんやりとする目で、悠樹は文礼に何かを怒鳴りつけている男を見た。
父親と同世代ぐらいの男だが、小太りだ。バスローブでその体の多くは覆い隠されて入るものの、肥満は隠せなかった。
いったいあの男は何なのだろう。ここはどこなのだろうか……。
悠樹は意識を失う前のことをぼんやりと思い返す。
いきなり背後から体を羽交い絞めにされ、そのまま薬のようなものを嗅がされた気がする。
そして、そこで意識を失ったのだ。
今さらながらに自分のうかつな行動を後悔した。
今頃きっと、テツヤや淳平たちは必死に自分のことを探しているだろう。
助けてもらいたくても、携帯の電源は自分の手で切ってしまったのだ。
彼らに自分の居場所を知らせる術がない。
すべて自業自得といえば自業自得でしかなかった。
男は一切日本語は喋らず、それに答える文礼も、日本語を話さなかった。
それがたまらなく恐ろしい。
日本でありながら、日本から連れ出されてしまったような。
言葉が解らないということが、これほど恐ろしいと思ったことはない。
何より、両手を拘束されてしまっていることが、さらに恐怖を煽った。
逃げ出すことすら出来ないのだ。
いったい自分はどうなるのか……。
容赦なく文礼に暴力を振るった男の顔が、悠樹を見てニヤリと笑った。



なぜ……と文礼は思った。
横浜の邸宅に悠樹が連れてこられたとき、文礼は少なからず驚いた。
雀喩に調べさせた時は、悠樹も漣も常に周りをガードする者があるという話だった。
そのガードする者から奪い去るほど、汪が積極的に悠樹に興味を持っていたとは思えない。
考えられるとしたら、悠樹が一人で行動したという可能性だ。
一人になれば危険だということは、漣からも聞かされていただろうし、漣の会社の人間からも聞かされていたはずだ。
悠樹がその忠告を破ってまで一人で行動するということも、また考えにくいことだった。
ただひとつ解るのは、悠樹がここへ連れてこられた理由には、文礼が藍澤興産に対して行なった数々の工作や漣との過去の関係が絡んでいることは間違いないのだろう。
文礼は目を覚ました悠樹に囁いた。
ともかくも、今の状況を説明しようとした。
「日本語を喋るな!」
いきなり汪はそう怒鳴ってきた。
だが、悠樹に伝えなければならないことはまだあった。
かまわずに日本語でしばらくの間の苦痛を我慢しろと伝える。そうすれば、必ず助けてやるからと。
悠樹に伝わったかどうかは解らないが、たまりかねた汪が怒りに任せて悠樹から文礼を引き剥がした。
「日本語を喋るなと言っているだろう!」
汪の平手が容赦なく文礼の頬を打つ。
そのあまりの衝撃にふらつきながら、口の中に錆びた匂いが広がっていくのを感じた。
口元をぬぐってみると、血があふれ出していた。どうやら口の中を切ったようだった。
「日本語はやめろと言った筈だ」
「……聞こえなかった」
「都合のいい耳をしているな。以後は北京語だけで話せ。いいな?」
忌々しげにそう言い放ち、汪は悠樹を見つめた。
「外をふらふら歩いていたそうだ。退屈しのぎ程度にはなりそうだから、連れてこさせた」
「だが、彼は日本の藍澤興産の御曹司だ。下手な真似をすれば国際問題になる」
「どうせ治外法権だ。お前だっていつもと同じセックスでは飽きるだろう?」
「彼はそういうセックスには耐えることが出来ない。すぐに壊れるような玩具で遊んでも、リスクだけで赤字になると思うけど」
文礼がそう言うと、汪は悠樹を見てニヤリと笑った。
「そっくりだな……お前の弟に……」
「な……」
いきなり弟の話を切り出され、さすがに文礼も顔色が変わった。
「弟に手を出したら、僕はあんたを殺す」
「お前がそんなことを言える立場だとはな……蔡家の発展は誰のおかげだ?」
「弟のことを喋ったのは蔡家の人間か?」
「さあ……そんなことはどうとでも調べようがある」
「そんなはずはない。僕はもう10年も前に戸籍を抜けている。蔡家の人間でなければ知りえない情報だ」
文礼が珍しく感情をあらわにするのを、汪は満足げに眺める。
こういう顔を見たかったのだ。
ようやく文礼を支配しているという満足感が、汪の中にこみ上げてきた。
「私もお前のことは可愛い。弟には手を出さないと約束しよう」
その汪の言葉に、文礼はとりあえず矛を収めた。
だが、頭の中は10年前に別れた弟のことでいっぱいになっていた。
いや……家族としての別れは10年前だったが、文礼は4年ほど前に弟に再会している。
蔡家との契約で、家族には会わないという約束を破って会いに行ったから、対面したのはほんの数分のことだった。
弟は北京にある初級中学へ通っていた。成績は非常によく、高級中学から大学へと進学することは間違いないと評判だったらしい。
蔡家に養子として引き取られるまでろくな教育を受けてこなかった文礼とは違い、弟は文礼を売った金で十分すぎるほどの教育を受けていた。
両親とともに学校もないような農村部から北京へ引っ越した。
文礼が蔡家に養子に入ったことで、家族は一気に裕福になったのだった。
本来、弟は一人っ子政策に反する黒孩子として生まれ、戸籍に入れられていなかった。
文礼はそんな弟を、溺愛し続けてきた。弟は文礼にはない愛嬌があり、両親もまた弟を溺愛した。今になって思うと、おそらく、文礼以上に愛情を注いでいたに違いない。
どこか子供にしては可愛げがないと言われ続けていた文礼と弟とはその雰囲気からして対照的だった。
天使が降りてきたようだと近所の者たちも言うし、文礼自身も常に自分と比較して褒められているにも関わらず、弟は何にも変えがたい大切な存在だったのだ。
蔡家からの養子の申し入れは、最初は弟に対してあったものだった。
文礼は両親に訴え、自らが蔡家に行くことを提案した。
両親もまだ小さな弟を養子にやることには躊躇があったらしい。何よりも、弟を手放したくなかったはずだ。
そして最終的に蔡家との話し合いにより、文礼が行くことになった。自分が望んだことだった。
文礼は蔡家から要求されることをすべて受け入れ、傀儡になることに徹した。
蔡家の傀儡となるためのありとあらゆる英才教育を施され、文礼は今や蔡家と華僑をつなぐ太いパイプラインとなっている。
弟は文礼に代わって戸籍を与えられ、両親の愛情を一身に受けて育った。
そんな弟に6年ぶりに会いたいと思った理由は、文礼自身よく解らなかった。
今では会いに行くべきではなかったと思っている。
6年ぶりに会った弟は……文礼のことを覚えてはいなかった。



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EDIT [2011/07/29 07:01] Breath <2> Comment:2
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2011/07/29 22:14] EDIT
>シークレットAさん

いつもコメントありがとうございます!

ちょっと漣が気持ちの悪い人みたいになっちゃったらどうしようとか考えてました(笑)
まさかそんな前向きな捉え方をしてくださっていたとは(笑)

私自身がちょっと気になったので、数文字程度ですが書き直しておきました!
束縛ってわくわくする部分もあるけど、紙一重なんですよね・・・(汗)

悠樹の無防備さは、本当にお坊ちゃんですよね(汗)
憎めないのも、お坊ちゃんの特権なのか(笑)

ちょっとドキドキの展開が続きますが、また次回の更新も見に来ていただけると嬉しいです!
[2011/07/30 07:55] EDIT
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