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「おーい!!」
肩を掴まれて、ようやく悠樹はわれに返った。
振り返ると、少し困惑したような淳平の顔があった。
「どうしたんだ?何回も呼んだんだぞ?」
「ご、ごめん……ちょっとボーっとしてた……」
「ちょっとどころじゃないだろ。無視されたのかと思ったぜ」
「ごめん……本当に……」
申し訳なくて顔を曇らせると、淳平はますます怪訝そうな顔をする。
「いや……そんなに謝ってもらわなくてもいいんだけどさ。っていうかお前、何か悩みでもあるのか?」
「べ、別に……大丈夫だよ!」
明るい声でそう答えたつもりだったけど、淳平は笑ったりはしなかった。
「顔がひきつってるぞ」
「え……そ、そんなこと……ないと思うけど……」
「あいつ……従兄弟と何かあったのか?」
「ち、違う……そんなんじゃない……」
「だったら……何なんだ?俺、そんな悠樹の顔、今まで見たことないぞ」
淳平に詰め寄られて、悠樹は言葉に詰まってしまう。
自分でも理由がよくわからなかった。
だから、淳平に答えたくても、どう答えていいのか解らない。
「えっと……漣兄さんは……本当に関係ないから……」
「実家のほうはもう大丈夫なんだろ?」
「うん……それも大丈夫……」
「じゃあ、何で……?」
淳平が心配してくれる気持ちはありがたかったが、今は問い詰められれば問い詰められるだけ、悠樹は苦しい気持ちになった。
つい先日、文礼の名を口にしてから、何か妙な感じだった。
以前はそこまで彼に対して何かを思うことはなかった気がするのに。
その理由が、自分にはまったく解らなかった。
自分でも最近の自分が、何か別人になってしまったような気がする時がある。
それを自覚しているだけに、問い詰められるとなお苦しかった。
「悠樹……何があったんだ?」
「本当に……何でもないから……」
「何でもないはずないだろ。やっぱりあいつが……」
「だから、違うってば!!」
思わず叫ぶように言ってから、悠樹は驚いたような……戸惑ったような顔で見つめる淳平の表情に気づいた。
怒鳴ってしまった。
せっかく心配してくれていたのに。
「ごめん……今日はちょっと一人にして。八つ当たりしてしまいそうだから」
そう言って、悠樹は淳平から離れた。
◇
「ただいま……」
マンションにはまだ誰もいないのは解っていたが、何となく言葉を発したい気分だった。
今の自分の状況を漣に聞いてもらいたい気もしたが、今日はあいにく遅くなると連絡があった。
なるべく部屋から出ないようにと念押しされたが、悠樹自身も外へ出かけたいような気分ではなかった。
自己嫌悪や不安が入り混じっている。
結局、今日はあれ以来、淳平とは話をしなかった。
電話して謝ろうかとも思うけど、自分の苛立ちや不安の理由が解らないから、謝ることも出来ない。
適当に理由をつけてしまえばいいのかも、と思ったりもしたが、それでは淳平に嘘をつくことになるし、その嘘は簡単にバレてしまうはずだ。
「いつから……こんなふうになったんだろう……」
以前はこんな不安定な気持ちになったことはなかったはずだ。
漣と恋人になった時だって、自分なりに納得して言い聞かせることが出来ていた。
それが今できない原因……何だろう。
「あの日……」
悠樹の記憶がもっとも曖昧で頼りない日が、一日だけある。
悠樹自身、その日の記憶がほとんどないことに対して、深く考えたりしたことがなかった。
ひょっとすると、無意識のうちに避けていたのかもしれない。
そして、文礼……。
彼のことも、以前は気になっていたはずなのに、あの日以来、あえて考えないようにしている気がする。
たぶん、この状況の鍵はあの日、悠樹が覚えていない記憶の中にあるはずだった。
「何があったのかな……」
これまでは避けていた『思いだす』という行為を、悠樹は行なってみようとする。
でもやはり、思い出そうとすればするほどに、曖昧になってしまう。
絶対に間違いなく、あの日に鍵はるはずなのに。
苛立ちに耐え切れず、悠樹は手にした携帯電話をソファに投げつけた。
こんな乱暴な行動をするのは、悠樹が物心ついてから初めてのことかもしれない。
そのまま床に転がってしまった携帯電話を拾いもせずに、ソファに倒れこむ。
そんなことをしたところで、思い出せない。
「漣……兄さんに聞いてみる……?」
漣なら何か知っているだろうか……。
あの日、このマンションのベッドで目覚めた悠樹に対して、漣は多くを語らなかった。
ただ、文礼のところで倒れたと連絡があって漣が迎えに来てくれたらしいということだけは解った。
思い出してみると、あの日の漣は何か言いたそうにしていたような気もする。
いや……ここ最近の漣の様子も、以前と比べて何だか妙な気もした。
以前から優しいところはあったけれど。
以前から、悠樹を束縛したがる様子はあったけれど。
何だか以前とは少し違う気がする。
やはりそれも、あの日の悠樹がなくした記憶に関係があるのだろうか……。
「まだこんな時間……」
漣が帰ってくるまでには、まだかなりの時間があった。
もう二度と淳平に八つ当たりなんてしないためにも、ちゃんと本当のことを聞こう。
早く帰ってきてほしい。
今は漣の存在が恋しくて仕方がなかった。
◇
マンションの地下駐車場に車を停め、そのまま部屋に通じるエレベーターに乗り込もうとした漣は、そこに人影があることに気づいた。
相手は悠樹の大学の友達の淳平だった。
「どうも。悠樹の従兄弟の漣さん……ですよね?」
「ああ……」
漣は淳平の言葉にうなずいた。
正確にいうと、もう戸籍上は従兄弟ではなかったのだが、わざわざそれを言う雰囲気でもなかった。
厳しい顔をしたその相手は、まっすぐに漣を見据えてくる。
「親父の会社の取引先の人がこのマンションに住んでたんで、ちょっとわざとらしい用事を作らせてもらいました。もうその用事は済みましたが」
「そうか……」
「ちょっと話があるんですけど。時間いいですか?」
その言葉から強い意志を感じ、漣はうなずいた。
悠樹に伝えてあった帰宅時間はとっくに過ぎていたが、今はこの青年と話をすることが、自分にとっても、そして悠樹にとっても必要だろうと漣は判断した。
ふと、悠樹に帰宅時間がかなり遅くなるということを伝えようとも思ったのだが。
この時間なら、普段はもう悠樹は眠っている時間だ。
わざわざ電話をして起こしてしまうのも忍びなかった。
「どうしました?」
「ああ、いや……何でもない」
漣は取り出しかけた携帯電話を胸ポケットに戻した。
◇
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コメントいつもありがとうございます!
淳平くんも今回はちょっぴり真面目な感じです(笑)
彼もやるときはやる?
やればできる子なんです!
ただ、待たされている悠樹のほうがちょっとかわいそうですよね。
何もこんな日に来なくても・・・と漣も思ったかどうか解りませんが(笑)
第二部は第一部の爆弾が大きかっただけに、その処理が大変です(汗)
また次回も頑張って更新します!ぜひ見に来ていただけると嬉しいです♪