桔梗ノ館

漣兄さんへ

元気にやっていますか？
体は大丈夫ですか？
アフリカには少し慣れたでしょうか？
って、まだ行ったばかりだから、解らないよね。
メールじゃなくて手紙にしようと思ったのは、特に深い意味はないのだけど。
一瞬で到着してしまうメールよりも、何日もかけて船や飛行機を乗り継いでたどり着く手紙のほうが、何となくロマンがあるような気がしたかたらです。
ああ、書いてて何だか恥ずかしくなってきた。
もしもこの手紙が違うところに届いたり、どこかで迷子になったりしたらってことを考えると、やっぱりメールにしようかと思ったけど、でもやっぱり手紙にします。

日本ではまだそんなに変わったことはありませんが、テツヤがとうとう彼女にプロポーズしたらしいです。
ひょっとしたら、本人からもう報告を聞いているかな？
最初は仕事があまりにも忙しくて電話でプロポーズしたらしいんだけど、即効で断られて、そのまま飛行機に乗ってニューヨークに戻ってもう一度プロポーズしたらＯＫをもらえたそうです。
奥さんになるジェシィは、ちょっと気が強いけど、とても優しくて良い人だから、テツヤはきっと幸せになれると思います。
ただ、ジェシィは今の弁護士事務所で働き続けたいそうなので、まだ日本から離れられないテツヤは「通い夫」になると言っていました。新婚なのに別居ってかわいそうな気もするけど、でも、二人が幸せならそれでいいのかな。

淳平は相変わらずたまに（本人がいうには断りきれなくて）合コンに行ってるみたいですが、相変わらず彼女が出来ません。
淳平って、ひょっとしたらすごく理想が高いのかな？
今はもうほとんど二日酔いの姿を見ることがなくなったのは、やっぱり実家がお酒屋さんをやっているからだなと妙なところで感心してしまいました。
ちょっと気になるのは、淳平が中国語の勉強を始めたことです。専攻している語学でもないのに勉強をしているということは、将来的に会社で必要になると思ったからなのかな。
いろいろあったから中国語を聞くのはすごく辛いときもあるけど、たまに淳平の相手をしながら、俺も中国語を勉強しています。
実際に勉強してみると、とても響きが優しくて、良い言葉だなって思いました。
中国語に限らず、本当にいろんなことを今は勉強して吸収したいなって思う。
今しか何でも勉強できる時間って、ないような気がするから。

ああ、あとね、斉藤さんにあの日の話を問いただしてみたんだ。
テツヤからも俺についていろいろと話を聞いていたみたいで。
俺が漣兄さんに未練を感じているのを、テツヤが斉藤さんに話をしたらしいんだ。
「相思相愛ならいいだろ」ってことになって、あの日のセッティングになったらしいんだけど。
本当はスイートルームにしようと考えたらしいんだけど、やっぱりクリスマスイブイブってこともあって、スイートは全滅で、かろうじてドタキャンのあったあのセミスイートの部屋が空いてたっていう話だったらしいよ。
斉藤さんいわく「恋の治療は管轄外」だそうです。なので、漣兄さんに任せることにしたとか何とか言っていましたが、結果的に斉藤さんに感謝しないといけないなと思っています。

俺はというと、今年は何とか無事に進級できそうです。
漣兄さんが帰ってくる頃には、春休みかな？
いろいろ一緒に行ってみたいところがあります。
時間を作ってもらえると、すごく嬉しい。
花見も行きたいし、一度漣兄さんにお酒を飲みに連れて行ってもらいたいし。
ともかく、そういうことなので、日本に戻ったらちょっと忙しいのは覚悟してください。

今のところ、漣兄さんが日本を発ってからの出来事といえば、こんな感じかな？
また手紙を書きます。
ちゃんと漣兄さんが滞在している期間に着くように。
漣兄さんも、また近況を教えてください。

本当に体にだけは気をつけてね。
それが今はすごく心配です。
あとは、治安の悪そうなところは一人でフラフラ歩いちゃ駄目だよ。
漣兄さんに何かあったら、俺はすぐにアフリカまで行くからね。
俺におとなしくしてて欲しいと思うのなら、漣兄さんもおとなしくしていてください。

それじゃあ、また。

悠樹より

◇

悠樹からの手紙をテーブルにおいて、漣は思わず笑みを浮かべた。
海を渡ってはるばるやって来た手紙は、無事に漣の手元に届いていた。
もうメールのやり取りは何度もしていたから、手紙に書いてあったような近況は、ほとんど漣も知っていたけれど。
それでも、こうしてわざわざ手紙をくれたことが嬉しい。
漣はプリントアウトしたアフリカの写真をテーブルにおき、その横で手紙を書き始めた。
ひょっとすると、この手紙が届く頃には、もう日本に戻っているかもしれないけれど。


＜完＞


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◇




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