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「まだ見つからないそうです……」
「そうか……」
トミビコの報告に、さすがにアマツも憔悴した様子だった。宮殿を抜け出し、根の国に行くと言った陸を探し回って三日、未だに消息は不明のままだった。
アマツも高天原中を天馬で駆け回って探したが、やはり陸を見つけることは出来なかったのだ。
トミビコは内心で罪悪感を感じながらも、自分は同時期に姿を消したアハシマの消息についての情報を集めることに集中した。
中津国の者たちと連絡を取り合い、手がかりを探し続けた。
もちろんトミビコは姿を消したアハシマがどこにいるのかは知っていたが、知らないふりをし続けている。
陸を根の国に送り込んで良かったのかどうか……。
トミビコ自身の気持ちは揺れ続けていたが、今は自分が陸を根の国へ導いたことがバレないようにしなくてはならないと考えていた。
「アハシマのほうはどうだ?」
「アハシマさまは中津国からの報告によりますと、前日まではやはり起き上がることもできない様子だったということです」
「そうか……では、誰かが連れ出したのか?」
「それが……アハシマさまの寝室に入り込んだ者はいないそうなんです。アハシマさまの寝室は厳重に管理されたお部屋ですので、侵入者があればすぐに分かるはずだと、向こうの者は申しております」
「なるほど……」
アマツはしばらくの間、考え込むように黙り込んだ。この三日の間、アマツはこれまでに見たことがないほどに疲弊しているようだった。陸が姿を消したばかりか、アハシマまでが姿を消したのだから、この基本的に平和な高天原では何十年に一度起こるか起こらないかの大事件が一度にふたつも起こったことになる。
「トミビコ」
「はい」
「例の方法で陸を呼び出すことはできないか?」
「そ、それは……ど、どうでしょう……やってみなければ分かりませんが……」
「やってみてくれ」
「陸さまでない者が来てしまう可能性も……ないとはいえませんが……」
「それでも構わない。陸を呼び戻せる可能性があることはすべてやってみたい」
「わ、分かりました……」
◇
さっそくトミビコは陸を呼び戻すための準備……正確にはアマツにもっとも相応しいものを呼び寄せるための準備に取り掛かった。
同じ儀式を行うことで、いったいどういうことが起こるのかトミビコにはまったく予想がつかなかった。
しかしアマツの目の前でするのだからいい加減な儀式は出来ないし、アマツはもう二度もその儀式を間近で見ている。だからトミビコが手順などを変えたりしたらすぐに見抜いてしまうだろう。
トミビコにも、今あの術を行えばどうなるのか、想像もつかなかった。陸が呼び戻される可能性ももちろんある。そうなった場合、トミビコはホッとする反面、ガッカリもしてしまうだろう。ヒルコからは強い叱責を受けるに違いない。
ただ、ヒルコに脅かされていたはずのアハシマは、今は自分の意志で自由に動き、虐げられている様子はない。もうトミビコはアハシマのためにアマツを裏切る必要はなくなったのだ。
けれども、もしヒルコにこれまでのことをすべてバラされてしまえば……。
きっといくら温厚なアマツでも激怒するだろう。陸を危険な目に遭わせた張本人がトミビコであることも知られてしまうに違いない。
それを考えると恐ろしかった。
「どうした? 始めないのか?」
「あ、いえ……始めます」
香を炊き、術具を手に取り、トミビコは術のための呪文を唱え始める。
◇
術を開始してから、いったいどれぐらい経っただろう。前回と前々回にはすでに陸が広間に現れたぐらいの時間はとっくに過ぎている。
トミビコの額からは汗が滴り落ちていた。術を行うためには相当の体力を使うので、本来なら長時間続けることは難しいのだ。けれども今は非常事態ということもあり、途中でやめるわけにはいかない。
しかし、陸が戻ってくるにしろ、代わりの誰かが現れるにしろ、すでに結果が出てもおかしくはないほどの時間が経っている。
「……っあ」
トミビコはガクンと膝をついた。すでに立っていられないほどに体力を消耗してしまっていたらしい。
「大丈夫か?」
アマツがトミビコの肩に手を添えて心配そうに顔を覗き込む。
「す、すみません……限界のようです……」
「いや……無理をさせて悪かった」
「いえ……お役に立てず……」
喘ぎながらトミビコが言うと、アマツは優しく背中をさすってくれる。
「ともかく休め。部屋まで連れて行こう」
そう言うと、アマツは軽々とトミビコの体を抱き上げた。トミビコは激しい疲労を感じながらも、じわりと喜びがこみ上げてくるのを感じた。こんなふうにアマツに抱き上げられるのは何年ぶりだろう。幼い頃にはいつもそうしてもらっていた記憶があるのに。
「申し訳ありません……」
「いや……もう気にするな」
「はい……体力を戻したら、もう一度挑戦してみます」
「そうだな……そのことはお前の体力が戻ってから考えよう」
「はい……」
きっとアマツの心の中は陸のことが心配で堪らないに違いない。なのにトミビコの体調を気遣ってくれることが嬉しかった。
トミビコはアマツの体温を感じるために、その背中に手を回した。ずっと求め続けていた体温が、手のひらを伝って心臓にまで届きそうだった。
◇
「……っ……く……ぅ……」
薄っぺらい布団が敷かれた寝台の上で、陸は何度も寝返りを打っていた。どこかが痛いとか、具体的にどこが苦しいとかいうわけではなく、ただ全身が気だるく、そして苦しかった。
それも時間を追うごとに苦痛が増していく。
原因は部屋に焚かれた香だった。最初はどうということもなかった。ただ甘ったるい匂いだなと思ったぐらいだった。それが数時間を経過した頃、体の奥がもやもやと息苦しくなってきた。煙のせいで苦しいとかそういうものではなく、陸にも理由ははっきりと分からなかった。
それが自分の体のどの部位に向けて働きかけているものなのかというのが分かったのは、香の部屋にいて半日ほど経った頃だった。
胸をかきむしりたくなるほどに、体が何かを求めて苦しい。そうやって何度も寝返りを打ち始めた頃、陸は自分の陰部に異変を感じた。痛いほどに勃起し、先端から涎のように蜜を滴らせている。
「ぅ……っ……ん……はぁ……っ……」
陸の手は頭の上で束ねられ、寝台にくくりつけられている。自分で処理しようにも出来る状態ではなかった。
その脇でアハシマはずっと涼しげな顔をして陸を眺めている。
「まだ我慢するつもりか?」
「……っ……う、うるさい……!」
「強情なやつだな」
「だ、黙れよ……っていうか、出て行け。苦しんでる姿を見て喜んでるなんて趣味が悪すぎだ……っ……」
掠れた声で陸が言うと、アハシマは立ち上がり、汗で濡れた陸の髪を撫でる。
「……っ……ぅ……」
ほんの少し髪に触れられただけなのに、まるでそこまでが性感帯になったみたいに陸は体を震わせた。一瞬、電流が走ったみたいに体が痺れたのだ。
「さ、触るなよ……っ……」
「そろそろ観念してみないか?」
「だ、誰がするかっ!!」
「しかしもう限界だろう?」
「限界じゃないっ! っく……ぅ……っ……はぁ、はぁっ……!」
それにしても、陸はこれほど苦しんでいるというのに、アハシマは涼しい顔をしている。アハシマにはこの香の効き目はないのだろうか……?
「……ぅ……くっ……は……あっ……!」
苦痛の汗を滴らせる陸の首元に、アハシマが手を伸ばしてきた。
◇
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