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陸が目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。
まるで洞窟のような部屋で、天井は低く、陸は寝台のようなところに寝かされているようだった。けれどもその寝台は高天原の寝台とは違って布団は硬くて薄く、まるで地面の上にそのまま寝ているような感じだった。
「あ、やば……」
陸は意識を失う寸前のことを思い出し、慌てて起き上がった。こんなところで眠っている場合ではない。
意識を失う前、陸は妙な男に絡まれた。その男は明らかに自分のことを根の国の者ではないと疑っているようだった。そして男の目を見るように言われ、思わずその目を見てしまった後に意識を失ったのだ。
起きようとして陸は体の異変に気づいた。
「あ……れ……? もとに……戻ってる……?」
トミビコから与えられた薬によって根の国の住人の姿をしていた陸は、今はもう元の姿に戻っていた。伸びていた爪も元通りになり、角も引っ込み、尻尾も消えている。
「なんで……?」
まさか意識を失っているあいだに三日の期限が過ぎてしまったのだろうか。それとも、意識を失ったことで薬の効果が失われてしまったのだろうか……?
「起きてたのか」
「あ……」
それは陸が意識を失う前に会話をした男だった。最初は子鬼の姿で現れ、そして人の姿になった。今も人の姿のまま、陸の前に立っている。年の頃はアマツと同じぐらいだろうか。ほっそりとした長身で、どことなく頼りなさそうにも見える外見だ。ただ、その瞳には強い光を潜めている。
「あ、あんた……誰?」
陸が問いかけると、男は不敵な笑みを浮かべる。
「俺はお前のお守りだとさ。逃げ出さないように見張っておけと」
「お守り? 悪いけど俺、急いでるんだ。こんなところでのんびりしてる暇なんてないから……」
陸は寝台から起き上がり、その場を立ち去ろうとしたのだが。
「わっ!?」
再びその体を寝台に押し倒されてしまう。男が陸の顔を覗き込んでいた。
「ヒルコは好きにして良いと言っていたが……お前はなかなか良い顔をしているな」
「は? ちょ、ちょっとどけよ!? 冗談じゃないぞ! 俺には男好きなんて趣味は無いからな!」
アマツは別だけれども……という言葉は心の中にしまっておいた。
ともかく陸は男色趣味があってアマツを好きになったのではなく、アマツだから男であっても好きになったのだ。
だから目の前の男に口説かれたところで、相手にする余地などはまったくなかった。
「っていうか、あんた誰だよ? なんのために俺をこんなところに拉致ってるんだ?」
男に押し倒されたまま、陸は問いただした。
「俺か……」
男は笑うと、いきなり陸の唇に自分の唇を重ねてきた。
「んんっ!? な、何すっ!? んん~っ!! や、やめっ……!! んんん~っ!!」
陸は力を振り絞って男の体を引き離した。けれども男はすぐにまた唇を押し付けてくる。
「んん~っ……!! んっく……や、やめっ!! んんんっ!! んん~っ!!」
乱暴に何度も唇を重ねてくる男の体を、陸はやっと引き離した。それでもまだ男は手首を掴んで陸を見下ろしている。
陸は汚いものを拭うように、空いた手で口元に残る男の唇の感触を拭った。
「いい加減にしろ!! 俺はお前と寝るつもりなんてないからな!!」
「アマツなら別か……」
「ア……アマツのことを知っているのか?」
「アマツは俺の弟だ。正確には腹違いのだがな」
「アマツの……お兄さん……?」
「そう。あいつは高天原で尊ばれ、俺は邪険に扱われて追放された」
「じゃあ……まさか高天原に八岐大蛇や鬼を送り込んだのはお前?」
「それは別の者の仕業だ。俺はずっと意識を封じられていたからな」
「あんた名前は?」
「アハシマ」
「アハシマ……」
「まあ無理やり手込めにする方法もあるが、お前の場合は自ら折れたほうが面白そうだな」
「折れるわけないだろ! 世界が逆さまになってもそんなことは有り得ないからな!」
「さあ、どうかな。お前の体がそこまで耐えれるかどうか」
「ど、どういうことだよ?」
「アマツにさんざん開発されたのだろう? そんな淫乱な体が何もされずに耐えれるはずがないだろう」
「ば、馬鹿にするなよ!! いくら欲求不満だからって、他の男に抱かれたいなんて思うことは絶対にない!!」
陸がそう言い切ると、アハシマはようやく陸の体から離れた。
「出会ったばかりだっていうのに、ずいぶん仲良しさんなのね」
今度は少女のような声が聞こえる。陸が入口のほうに目を向けると、小柄でまるで芸能人みたいに愛らしい顔をした少女が部屋に入ってくるところだった。
「アハシマ兄さま、この子気に入った?」
「そうだな。しばらく楽しめそうだ」
「じゃあ、この子はアハシマ兄さまにあげる。好きにしていいわよ」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は嫌だぞ。好きにされてたまるか!」
「どうせアマツ兄さまともヤッてたんでしょ? アハシマ兄さまはずっとアマツ兄さまに虐げられてきたんだから、あんたも慰めてあげればいいでしょ?」
「出来るか、そんなこと! だいたいアマツが虐げるとかそんな酷いことをするはずがない!」
「あんたはアマツ兄さまの表面だけ見て本性を知らないのよ」
「お前こそ、アマツのことを何も知らないんだろう? 誰かから聞きかじったことを勝手に思い込んでるだけじゃないのか?」
「ふふ、何も知らないのはあんたのほうよ。ここにいれば、アマツ兄さまがどれだけ非道なのかあんたにも分かるわよ」
「ヒルコ、それぐらいにしておいてやれ」
勢いの止まらないヒルコを止めるように、アハシマが口をはさんだ。
「あら、アハシマ兄さまったら優しいのね。そんなにその子が気に入ったの?」
ヒルコの問いかけに、アハシマは答えなかった。
「あんたもアマツの家族か? 兄さまって言ってるぐらいだから妹か?」
「そうよ。ただ、母親は違うけどね。母親はアハシマ兄さまと一緒なの」
ヒルコはそう言うと、巾着のような袋をアハシマに手渡した。
「これを使うといいわ。こんな子、三日も持たないわよ」
「ふむ……香か」
巾着の中身を確認してアハシマが言う。
「効き目がすっごいらしいわよ。こっちの闇市で高値で取引されてるの。試してみたら?」
愛らしい顔をしているくせに凶悪なほどの笑みを浮かべるヒルコを見て、陸は何だか恐ろしいことが行われようとしている予感を感じた。
◇
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