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「……ん……」
目を覚ますと、そこは自分の部屋ではなかった。陸はホッとすると同時に、元の世界の騒ぎを考えた。
「絶対大変なことになってるよなぁ……」
何しろ、体育の授業中だったし、ちょうどヒットを打って走っていたところだったから、注目の的だったはずだ。
そんな衆目の前で突然姿を消したのだから、きっと大騒ぎになっているのは間違いないだろう。
両親ともに陸に関しては基本的に放任主義ではあるが、さすがに学校の授業中に失踪したとなれば、心配もするだろうし、大騒ぎしているかもしれない。
せめて一度でも元の世界に戻ることができたなら、心配はいらないということを説明することもできるのだが、トミビコに聞いたところではどうやらそれは出来ないらしいし。
「でも、戻ったらもうこっちには来れないし……」
考えてみて、ズキンと陸の胸が痛む。
昨夜ふたたび体を重ねたことで、アマツへの思いはさらに強くなっていた。抱き合えば抱き合うほどに、アマツにはまってしまっている自分を陸は自覚していた。
「あれ……そういえばアマツは……?」
大きな寝台の中にアマツの姿はなかった。
昨夜は何度も何度も体を重ね合い、お互いに寝たのは明け方ぐらいになっていたはずだ。
時計がないから今の時刻は分からないけれど、外の日差しの様子ではまだ昼にもなっていないだろう。
陸はのろのろと寝台から起き出してみる。体中が重くてだるく、とてもてきぱきと動けそうにはなかった。
「いない……」
広い部屋の中を見回してみても、やはりアマツの姿はなかった。
前回は目が覚める前に元の世界に戻っていたから、アマツの生活スタイルというのを陸はまったく把握できていない。
寝室の扉を開けると、昨日はご馳走が並んでいた部屋に出る。そこにもやはりアマツの姿はなかった。
「どこいったんだろ……」
陸は部屋の中をうろうろと歩き回り、やがてそこにアマツの姿がないことを確認すると、部屋の外に出てみることにした。
勝手に部屋を出て良いのかどうか分からなかったけれど、扉は普通に開いたので、そのまま廊下に出る。近くには人の気配がなかった。
きっとあの広間に皆集まっているのかもしれないと思い、陸はおぼろげな記憶をたどりながら、いつもこの世界へやってきた時に出てくる広間に向かう。
「確か……こっちだったかな……?」
いつもはトミビコの後をついてくるだけなので、記憶はあやふやだった。
「こっち……だったような気もするけど……」
どんどん歩いているうちに、いつの間にか見覚えのない廊下を歩いていた。
「あれ? ここは来たことがないような気が……」
どうやら迷子になってしまったらしい。道を聞きたくても人の姿はなく、聞くこともできない。仕方がないので陸はともかく歩いた。
「あれ……?」
見覚えのある人影を見つけ、陸は立ち止まる。それはトミビコだった。
しかし陸は声をかけるのをためらってしまう。
何だかトミビコが落ち込んでいるように見えたからだ。
うつむいて、何度もため息をついている。
(何か……あったのかな……?)
そう考えて、陸はハッとした。
(まさか……アマツに何かが……?)
そう思うといてもたってもいられなくなって、陸はトミビコに駆け寄った。
「トミビコ!」
「り、陸さま?」
陸の姿を見たトミビコは、明らかに動揺した。
「ど……どうかされたんですか?」
「アマツって今どこにいるの?」
「アマツさまは鬼退治に」
「ええ!?」
「夜明け前には出発されましたから、間もなく戻られるでしょう」
「ひ、一人で行ったの?」
不安そうな顔をする陸に、トミビコは微笑んだ。
「何人か腕に覚えのあるものがついていっています。でも、アマツさまお一人でたぶん問題ないはずです。広間でお待ちになられるのが確実だと思いますよ」
「あ、う、うん……」
トミビコが歩き出したので、陸もそれについていく。きっと広間に向かってくれているのだろう。
それにしても鬼退治にアマツ一人で十分とは……。
確かにアマツの体つきは逞しく、喧嘩などであれば強いだろうと想像はつくが、相手が鬼では想像もできない。
ただ、トミビコがまったく心配していないところを見ると、鬼を相手にしてもアマツは強いのだろう。
「そ、そうか……アマツって強いんだな……」
「アマツさまのお力が戻っているときは、まったく心配はありません」
「力が戻っているとき?」
「あ……まだお聞きになっていなかったのですね。アマツさまはこの高天原を治めることになったとき、その対価としてご自分のお力のほとんどを献上してしまわれたのです」
「け、献上? 誰に?」
「お祖父さまである天照大神(あまてらすおおみかみ)さまです」
「へ? 神様?」
「はい。それもご存じなかったのですね」
「う、うん……っていうか、アマツに会ったのだって二度目だし、そんなに話は……」
だいたい食事をしてそのままベッドに直行するものだから、まともな話をこれまでにしてこなかった。
「じゃあ……アマツも神様?」
「お祖父さまは神様ですが、アマツさまは人と言ったほうが近いでしょう。アマツさまにはお力もほとんどありませんし」
「へえ……そうなんだ。だけど、今は力が戻ってる?」
「はい。一時的に」
「そうなんだ……どうして戻ってるの?」
「それは……陸さまと交わられたからですね」
「え? そ、そうなの?」
「はい。陸さまのお力もあって、アマツさまは今だけお力を取り戻しているのです」
「そ、そうかぁ……」
あの夜のセックスにそんな意味があるとは初めて陸は知った。確かに八岐大蛇や鬼を退治するために、陸とセックスすることが必要だとは聞いていたけれども。
「でも、なんで八岐大蛇や鬼が出るのに、アマツは力を献上なんてしてしまったんだ? こういうことがあった時に困るんじゃないの?」
ふと湧いた疑問を陸はトミビコにぶつけてみる。
「八岐大蛇も鬼も、本来なら高天原には存在しないものなのです。ですから、そのような力など本来は必要ないものなのですが……」
「でも、実際に存在してるじゃん」
「高天原にはどのような鬼神も存在しないのです。本来は。ですが、世界にも例外というのはあります。高天原はそういう例外がないとされていたのですが、例外が起こってしまったということですね」
「ふーん……」
なんとなく納得できない気持ちで陸はトミビコの話を聞いていた。
(あ、そうだ……あのこと、今なら聞いても大丈夫かな……)
ふと思い出して、陸はトミビコに聞いてみる。
「あのさ、ひとつ気になってたことがあるんだけど、いい?」
「はい、何でしょうか?」
「俺が昨日こっちに戻ってきた時に、トミビコはショックを受けたみたいな顔してたけど、何かあったの?」
「え……」
ドテッという音ともに、となりを歩いていたはずのトミビコの姿が消えた。……と思ったら、トミビコは足を絡ませたか何かで転んでしまったようだった。
「だ、大丈夫?」
「あ、は、はい……すみません……」
陸が手を伸ばすと、トミビコはその手を取って立ち上がった。
トミビコの様子が先ほどまでとは違ってそわそわしていて、陸は不思議に思う。
「お、俺……何か変なこと聞いてしまったかな?」
「い、いえ……そういうわけではないのですけど。あの……気のせいだと思います」
「え? 気のせい?」
「はい。陸さまはいきなり呼ばれて混乱していたのでしょう。気のせいですよ、気のせい」
「そ、そうか……」
あまりにもトミビコが気のせいを連呼するものだから、陸もとりあえずそう思うことにした。
(でも、あの時……)
『まさか……こんなことが……』
青ざめた顔でトミビコは確かにそう言ったはずだった。まさかなどという言葉は、自分が思っていたことと激しく違うことが起こった時に使う言葉ではないだろうか。その上に顔が青ざめていたのだから、気のせいだと思おうとするほうが無理があるような気もする。
しかもさっきだって、陸がその話を切り出したとき、トミビコは明らかに動揺していた。その動揺のあまりに転んでしまったのではないだろうか。
(でもまあ……そんなに無理に追求するようなことでもないろうし……)
陸はそう思い直し、余計な疑惑を振り払うように、軽く頭を振った。
◇
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